半別居中、セカンドハウスでラストチャンスを掴む!

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(第1話) 半別居生活が始まった理由

どうも、ナスです。

 

31歳、妻子有り。妻に頼み込んで、都心にもう1つ部屋を借りて、そこで平日を過ごしています。週に一回は妻子が住む家に帰宅し、子供と遊ぶ時間を作っています。

第一回目ということで、何故半別居に至ったのかを記載します。

プロローグ:妻との出会い

妻とはいわゆるマッチングアプリで出会いました。それも日本では利用者が数十名しかいないという超が1万個くらい付くマイナーマッチングアプリ「Plenty of fish」というアプリでした。自分が検索できる半径100km圏内には女性が10人程度しかおらず、その中で一際目立つ容姿を持っていたのが今の妻でした。「少し遊んでやるか・・・」僕は迷わずメッセージを送りました。

今思えばこの判断が後に大火傷・・・全身から皮が剥がれ落ちるほどの火傷をする第一歩でした。

結婚を決意した時、妻は客室乗務員をしていて、既に子供を妊娠していました。当時、遊びまくっていた僕は結婚するつもりはなかったものの責任を感じて結婚をしました。妻は客室乗務員をやっていた事もあり容姿は美しく、物腰の柔らかい関西弁を話しました。だからこそ、その時はこの人との結婚であれば、きっと上手く行くに違いない!そう確信をしていました。

 

しかし、その期待は僅か2年後には淡くチリの如く、空に舞い上がる事になりました。※以下記載内容は、全て旦那目線なので、妻には妻の期待があった事は承知していますし、読者の皆様もご承知おきください。

 

第一の絶望:妻の退職

子供を出産して、半年後。育休期間が終わると、ある日妻は突然仕事を辞めていました。専業主婦になったのです。もともと共働きを前提に結婚しているつもりだった僕は、ひどく不公平感を覚えました。僕は働くことが大嫌いだったからです。一刻も早く早期リタイアをしたい。もし共働きを数年間すれば、かなり早い段階で早期リタイヤができるかもしれない!そう思い結婚したつもりでした。ですが早期リタイヤどころか定年後の就労が見えた瞬間でした。

第二の絶望:湯水の如く溢れる生活費

学生の頃に1人暮らしをしていました。当時お金がなかったこともありましたが、都内の一室で家賃光熱費生活費を全て込みで15万以内で収まっていたのを覚えています。早期リタイヤを目指してた僕は結婚した後も生活水準を上げずに節約をして支出を一円でも抑えたいという生活を想像していました。しかしここで妻の前職のダークサイドが僕を襲ったのでした。客室乗務員、いわゆるCA共はかなりハイスペックな男性と多く出会う機会がありました。合コンでは総合商社や一流上場企業の男性が当然のように用意され、それがデフォルトのスペックであるような錯覚を覚えたのでしょう。その結果、多くのCA達はハイスペックの男性と結婚するに至り、久しぶりにご飯に行く時は、生活水準のマウント合戦が同僚、元同僚間で行われるのも日常茶飯事だとか。もちろん、そんなバックグラウンドを持つ妻の最も程遠い概念は「節約」の2文字。更に厄介な事は、全く節約に寄与しない事を節約と捉え、節約の努力をしていると思い込んでいることがまた僕を更に深い闇に落としてきました。

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第三の絶望:昭和の考えと令和の考えのコンビネーション

男性は仕事で一家を支え、女性は家事と子育てを行う。昭和を代表するような考え方だと思います。令和時代の今はどうか。20~30代は、仕事も家事も男女平等。ましてや子育てはもちろん協力しよう!というのが一般的な考えに近くなってきているのでしょうか。しかし、僕の妻は違います。

仕事は男性が行い、一家を支え、子育て家事は協力してやりましょう!という昭和と令和の妻にとって良いとこ取りのモットーを掲げているのです。

その結果、僕の生活は平日は仕事でパワハラを受け、休日を待ち望み、休日は子育てと家事を半分やらなければいけないため疲れ果て、平日になる事を待ち望み、平日はパワハラを受け休日を望み。。という僕にとって奴隷のような日常が数年間続きました。

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第四の絶望:デフォルト不機嫌な妻

これは、もちろん僕にも原因があるのでしょう。第一〜三の絶望で散々記載した内容が現実にあったため、僕の家庭での口数は少なくなり、顔も暗くなっていたはずです。それが伝染したのか妻は常に不機嫌そうな顔をしていて、月に一回の女の子の日には更に機嫌が悪くなります。たまに僕が友達と出かける時も、ため息をついてぶつぶつ何かを言いながらのお見送り。おそらくハリーポッターで学んだ人を不幸にするための呪文かと思われます。大抵の場合、帰宅をするとレシートを渡され、一言「出前を頼んだからお金頂戴」と言われます。妻の機嫌が良くなるタイミングは、何かをあげた時。。。以上になります。

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第五の絶望:将来に対する不安、キャリアに対する不満

僕は野心家です。尊敬する人は、孫正義スティーブ・ジョブスホリエモンなどいわゆる起業家です。様々な彼らの本を読みましたが、彼らからの共通のメッセージ、それは【好きな事を追求しろ!挑戦をしろ!】ということかと思います。その言葉に共感を受け痺れた僕ですが、現実はどうか。抜け出せない絶望ループで雁字搦めになって手足精神までも別の意味で痺れ切っていました。暇な時間があれば家事や子育てをやることになります。しかも好きな事が元々、女遊び、パーティ参加だった僕に今夢中になれる趣味はありません。それ以上に追求する時間ももちろんありません。

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第七の絶望:妻の得意分野は離婚関係

妻は特段頭が良いわけでも無ければ、全く話が通じない程、おバカさんでもありません。これといった誇れる特技や知識がある訳ではないのですが、唯一極端に強い分野があります。それが離婚関係なのです。何故なら彼女の周りには既に離婚調停や修羅場を潜り抜けてきたCAの猛者達がウジャウジャいるからです。つまり一度離婚の話を出せば、諸先輩方に相談が行き、経験の中から出てきた猛者達の後悔、やっておくべきToDoが惜しみなく妻へ伝達される事になります。妻が仕事を辞めた直後に実は離婚を提案したのですが、普段は戦闘力0に近い論理しか展開して来ないにも関わらず、離婚分野ではボブサップのような戦闘力で僕を論破してきます。味方では頼りないが、敵に回すととんでも無く恐ろしい存在である事がわかった瞬間でした。

 

第八の絶望:仕事のパワハラ

追い討ちをかけるように、仕事では東大卒の上司にパワハラをされる日々が続いていました。多くの同僚の前での叱責、アホ扱い、挙句の果てにお客さんの前でもコケおろしてくるというパワハラ界の王様が自分の上司でした。幸か不幸かテレワークでしたので言葉のみのパワハラでしたが、それは周囲の社員やお客さんにまで心配されるレベルでした。一度心配した人事からも直接ヒアリングがありましたが、パワハラ研修が全社で行われるという程度の対応でした。

ある日、僕はその上司と重要なお客さんとのミーティングに出席していました。オンラインではあるが、一瞬の油断もできない状態で、僕の話すターン。今日は怒られないように準備を必死にしてきました。怒られないどころではない、上司を見返すんだ!そんな気持ちでコンピュータのマイクをオフにした瞬間でした。背後から息子がケタケタ笑いながら、走っていく音と妻の意味不明な叫び声が聞こえてきたのでした。その後もその笑い声と怒号は繰り返され、商談は失敗。僕は減給を言い渡されたのでありました。

妻にその事を伝えると一言。

「は?そんなこと言うなら出社して」

ぷつーん。僕の頭の中で何かが切れた瞬間でした。ただでさえ厳しい業務内容に加え、2時間半の通勤を毎日更に課すのか。。。と涙が出てきました。

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画して、僕の精神状態は限界まで追い込まれ、このままではまずい、壊れてしまうと思うようになりました。毎日正気が無い死んだ魚の目をしているような僕にさすがに妻自身も何かを感じたのでしょう。妻「(このままでは、自分の生活水準を維持するだけの収入が絶たれてしまう。どうしたものか・・・)」そのような雰囲気の中で僕が提案した【半別居】は渋々受け入れられたのでした。